トップが語る過去と未来

みなさま、こんにちは!
株式会社 相模化学金属 代表取締役社長 福田重男です。

ここでは、私が今までマグネット(永久磁石)一筋に取り組んでまいりました経緯とこの相模化学金属ホームページを開設して情報発信をすることからはじまる未来への夢と希望を書かせていただきます。よろしくお願いいたします。

【創業(物質的豊かさの追求)】

私が、起業したきっかけを申し上げますと、ある大手化学企業でのサラリーマン時代プラスチックマグネット(プラマグ)の研究をしていたことに始まります。ですが、実際は1968年当時同世代の方ですとおわかりいただけると思いますが、高度成長期とは言われるものの日本はまだまだ貧しかったです。
ご多分にもれず、私自身も貧しい家に育ちましたので、とにかく自身の力でお金をたくさん稼ぎたい!豊かになりたい!と言う強い気持ちから起業を決意し、現在までモーレツに頑張ってまいりました。
起業当時は、日本は高度成長期の真っ只中で、日本の発展に合わせるように、相模化学金属も発展を遂げ、豊かになりたいと言う想いが実現されていきました。

【苦境(あくまで明るく生きる)】

もちろん、親会社の倒産という大変困難な時期もございましたが、在庫の引き受け、債権買取など思い切った取り組みにより、短期間で危機を脱することができました。と言いますよりは私の性格が元来明るいこともあり、危機とはとらえず、常に前向きに行動してきたことが良かったのではないかと思い返しています。

【転機(行動力を発揮)】

1986年に大きな転換期を迎えます。私はこの年に渡米し、かつて見たことも無い強力なマグネットに出会います。希土類マグネット(ネオジ磁石の原型)です!このマグネットとの出会いを、私は運命的な出会いと感じ、これからの時代はこのマグネットがマグネット業界だけでなく広く産業界に変革をもたらすものに感じ取れたのです。そこで、帰国するやすぐさま、ネオジの産出国でもある、中国へ渡り何とかしてこのマグネットの製造ができないものかと行動を開始しました。

そして、1991年、日本企業としては希土類磁石の分野で初めて中国進出、中国科学院 北京三環新材料高技術公司との合弁会社設立が実現いたしました。
中国進出には、1986年から1991年まで5年もの歳月を要しておりますが、これは、1989年の天安門事件など中国の社会的要因により時間がかかったことがあります。実は、天安門事件の当日私は上海におりました。意外にも上海は比較的平穏で、テレビなども規制していたのか、北京の様子は知ることも無く無事帰国できました。帰国後、日本のテレビ報道を見て驚いたことを今も鮮明に記憶しています。

1991年から中国との合弁事業をスタートさせるわけですが、やはり当初問題となったのは、品質です。国産品と比較するとどうしても中国製品は品質にばらつきがあるのが現実でした。
そこで、相模化学金属では日本にも工場を持つ強みを生かし、日本での品質管理を徹底的に行なうと同時に、中国工場にも日本人技術者を派遣することにより、高品質で低価格のマグネットを日本のお客さまに安定供給できる体制を完成させました。ぜひ一度、お試しください♪
その後2013年、三環相模は相模化学金属100%出資の独資企業へと発展し、北京相模金属有限公司として新たな船出をいたしました。

このように、創業以来45年常に革新的に歩んできましたが、21世紀を迎え、これからのわが社のあり方を考えた時に、「高品質で低価格のマグネットを日本のお客さまに安定供給できる体制」という特徴は活かしながら、これからの時代によりお客さまに役立つにはどのようにしていけばよいかを模索しておりました。

【未来(心豊かな社会実現へ)】

そして、一つの答えが見えてきました!
これからは、お客さまに本当に選択していただける企業になるために、お客さまの個々のニーズに的確にお答えする為に、双方向コミュニケーションのメディア、インターネットの活用が不可欠であるとの結論に達し、このたび「相模マグネット」というブランド名にて情報公開・情報発信を開始いたしました!

株式会社相模化学金属は、ホームページによる積極的な情報発信とお客さまとのコミュニケーションを大切に日々前進してまいります。

これからの、地球温暖化防止、循環型社会構造の構築などを含めた地球環境保全には高機能マグネットの活用が欠かせないものとなります。21世紀の地球環境保全や共存共栄による豊かな社会実現をマグネットメーカーとしてお客様と共に築き上げてまいりたいと考えております。

これからも、相模金属をどうぞよろしくお願いいたします!